この記事では「施設で遊んでいるときに転倒事故が起きた場合」のトラブルの例を説明します。以下が細かい設定となります。
設問と回答
知的障害者支援施設の利用者のA君は、平日の昼食後の休憩時間に遊んでいる時に、以前から仲が悪かった友人の利用者B君に突然背後から背中を押され、2階の外側の階段から1階に点灯し、前頭部を十数針縫う怪我をした。
このような事故が施設内で起きた場合、利用者の両親が損害賠償を請求してくれば、施設がその責任を負わなければならないのか。
上記についての回答は以下のようになります。
施設側が、同様なトラブルが発生するとこが予想できたにもかかわらず、以前から仲の悪かった2人の関係修復を行わず、見過ごしていたり、階段の設備で点灯したら危険な状態であるにもかかわらず、施設の改修を怠っていたりしたとすれば、施設側の損害賠償責任を否定することはできない。
続いて内容について解説していきます。
施設側の安全配慮義務
施設入所中の利用者が友人とふざけて遊んでいる時に転倒してしまう可能性は十分予想できます。そのため、施設側は重大な事故にならないようにする安全配慮の義務を負うとされています。
また、損害の公平な分担という観点から、一定割合を被害者側が負うべきであるとして、賠償額を減額する「過失相殺」については、判例も判断能力がない被害者は事故を自分で避けることができないため、公平というだけで損害額を減額することは不当で、いわゆる「事理弁識能力」がなければ主張できないとしており、本設問でも、「過失相殺」は主張できません。
知的障害者支援施設で発生する事故の種別や場所など
知的障害者支援施設で発生する事故の種別は、転倒・転落(52.3%)、物損(8.5%)が多く、続いて利用者同士のトラブル(5.6%)、異食(誤飲を含む)、溺水、誤嚥というものが挙げられます。この傾向は、他の障害者施設も同様です。
次に、事故発生場所は、施設敷地外、居室、食堂、廊下・玄関、階段の順となっており、行動容態では、移動中・待機中が51.9%と半分を占めています。
参考となる判例
本設問のようなケースでは、平成10年12月7日に東京地裁八王子支部で言い渡された判決が参考になります。
当該判決の概要は、保育園で保育士と鬼ごっこで遊んでいる園児の事故でした。
この事故によって、園児の親は保育園を経営しているしに対して、1,921万円余の損害賠償を請求しました。
判決では、「保育園の児童は、いまだ危険状態に対する判断能力や適応能力が十分でないため、保育園の保母から一定の注意を受けていたとしても、そのような指導に従わなかったり、あるいは遊びに夢中になるうちにそのような注意を失念したり、危険性の認識を欠くなどして、危険な場所に不用意に近づく児童もいないとは限らないのであって、保育園の設置に当たっては、このような園児の講堂様式も考慮して、安全な構造、設備を選択すべき」であり、「そのような配慮がなされていない場合には、安全配慮義務に違反しているというべきである」と判断し、損害賠償金として457万円余を認めました。
この判決と同様に、本設問のようなケースでも知的障害者支援施設と利用者の親との関係は契約関係であるため、利用者の生命、身体及び契約等を危険から守るよう配慮すべき義務を負っているということとなります。
MEMO
過失相殺とは
過失相殺とは、損害の公平な分担という視点から、一定割合については被害者側が負うべきものとして、損害賠償の一定割合を減額するものです。
しかし、判断能力がない被害者は事故を自分で避けることができないので、公平というだけで損害額を減額するのは不当です。判例でも、被害者に「事理弁識能力」がなければ過失相殺することは許されないとしています。
一般に事理弁識能力が備わるのは7歳前後とされています。
安全配慮義務とは
安全配慮義務については、利用者と障害福祉サービスの利用に当たって、施設・事業所の義務として生命、身体の安全確保に配慮する義務があるとの利用契約書を取り交わすこととなっており、このことは施設管理者及び職員も同様の義務を負うことを意味しています。
このため、施設・事業所では事前に利用者や家族に対して、予想されるリスクについて説明し、理解を求める「リスクの説明責任」や事故発生時に迅速に事実を報告する「事故発生時の説明責任」等が求められます。
また、施設・事業所では、常日頃からヒヤリハット報告や事故報告、利用者・家族からの意見・要望・苦情、職員からの報告や改善提案等の収集や分析、業務手順書の作成・修正、損害賠償保険への加入等を行うことにより、事故防止対策を講じることが必要となります。
過失の成立要件
損害賠償責任の成立要件の1つである過失を、注意義務違反の有無から判断し、注意義務違反を「転倒を予見できたか(予見可能性)」と「前頭部の怪我を回避できたか(結果回避義務)」の両面から判断し、損害賠償の義務を負うかどうかを判断されることとなります。
このため、施設・事業所として、個別支援計画を作成するときに利用者ごとにあらかじめ予想されるリスクの有無や程度などを評価し、事故予防措置を講じ、職員間で確認しておく必要があります。
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